Grandma’s Recipes|まさみおばあちゃんのおせち

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  1. 思春期の頃は、よく友達の綺麗なおばあちゃんとか羨ましく思ったりしてて、おばあちゃんが作る田舎料理とかまったく食べなかったけど、大人になると自分のおばあちゃんが他の家のおばあちゃんより1番のばあちゃんだってしみじみ思うようになった。要するに、おばぁが小さい頃作ってくれたでっかい味噌焼きおにぎりを今すごく食べたい。

  2. おばあちゃんクシャッと笑うのがすごく可愛い(^ω^)💕「平凡に生きちゃった」かぁ。戦争もあって自由にできず、恋愛すらも好きな人の元へ行けなかったとても辛い人生だったと思うのに可愛ーく笑って今は幸せに生きてる。なのに私はスマホばっかいじってて外にはほとんど行かず買い物も無駄使いやらなんやら恋愛も自由に出来て...(´・ω・`)自由な時代だなぁ。このおばあちゃんにはかわいく笑える幸せに人生をこれからも歩んで欲しいな(・_・)

  3. ヨーロッパよりコメントしています。

    日本の食卓は、どこか暖かいものがありますね。久しぶりに日本の祖母を思い出して涙が出ました。

    へんてこりんなまだまだの動画ですが、どこか日本を感じていただけると嬉しいです。

  4. 昨年、母の出産で祖父母の家に預けられた時に食べた祖母のおでんと、干し大根のごま油和えと、スペアリブが本当に美味しかった。
    薄すぎず濃すぎずの良い味だった。

  5. 2年前に97歳で亡くなった、田舎のお婆ちゃんを思い出しました。
    亡くなる1年前まで、一人で暮らしてました。
    小さい頃の私を、自然豊かな田舎で一人で育ててくれました。
    動画のまさみおばあちゃんの人生と、私のお婆ちゃんの人生がどこか似ているような気がしました。
    妹をおぶって小学校の授業を受け、妹が泣くと教室から出て行って校庭であやす。
    実家は機織りをしており、嫁に行ってからも毎日片道10㌔の山道を歩いて通ってました。
    豪雪地帯のため、冬はかなりの積雪量です。
    好きな男性がいたそうですが肺結核で亡くなり、親が決めた嫁ぎ先に嫁ぎました。
    旦那(私の祖父)は太平洋戦争で体を悪くし入退院を繰り返し、先祖代々の田んぼや木を売ったりして入院費を捻出してましたが、子供達が小さい時に亡くなりました。
    生活が苦しく、母の冬用コートは祖父の軍服をつぎはぎして作ったもので、友達が花柄や綺麗な色のコートを着ていたのが羨ましく、自分は軍服のつぎはぎで、とてもみじめだったと。
    でも豪雪地帯で極寒のため、軍服のつぎはぎを着るしかなかった。
    私の母が就職のために、東京へ出ようとお婆ちゃんと駅に行った時に、東京へ行くための汽車賃も払うことができず、情けなくて泣きながら家に帰ったそうです。
    動画のまさみおばあちゃんと、私のお婆ちゃんの手がそっくりでした。
    昔の人は、今では考えられないほどの苦労をしてきたんだなとつくづく思います。

  6. 死んだばあちゃんが、よく紐かわうどん作ってくれたっけ。くたくたに煮て野菜もくたくただったけど優しくて安心する味だったな。
    やべ、お墓参り行ってねーな。行かなきゃな、ばあちゃん(T-T)

  7. 10歳で奉公…。経験された方は、子供なりの楽しみを持てなかったのではと思う反面、お年を召しても力強く生きて来られたのだな、と感じる。

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